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揺処

【caravan】【Falatoria Story】企画創作ネタ板

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焦がれる

2009/01/22 (Thu) - caravan-小説

誰かの語る過去話





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窓からの西日が石造りの室内を赤く染めていた。
表情を失くした少女は虚ろな眼差しのままか細い声で呟いた。

――もう、待つのは嫌

 何も映さぬ瞳は出会った頃を思わせる。
いつどこでそれを目にしたのか
甘い甘い異国の花の
蜜を固めたような瞳だと。
初めて光の下で見た時は、
燃える太陽のように眩しく見えて
やがてその眼差しは己の身をも焦がすだろうかと漠然と考えた。

「じゃあ、一緒に行くかい?」

 だからあの時と同じように誘ってみた。

--------------------------------------------

 あの時、子供は何も言わずについてきた。
この町に連れてきて、多くの人を目にしたとき初めて怯えた色を見せた。
そして自分はそのまま、子供をここに置いてまたふらりと砂漠に出た。
いつもこの身が涸れるぎりぎりまで砂漠をあてもなくひた歩き
そろそろ無理かと思えば水場のある場所へ向かう。

一度問われた。死ぬ気なのかと。そんなつもりは無いが
太陽がこの身を涸らすならそれも仕方ないと思っている。

久方ぶりにこの町へ訪れれば、おやと思う。
わずかだが子供の顔に浮かぶ感情の色が増えていた。
己の名を与えたもう一人が、甲斐甲斐しく面倒を見ているのだろう。
戻るたびに、子供の面差しは豊かになっていく。
それを見るのが新鮮で面白く、ここを出ては訪れるその頻度が狭まった。

それを何度繰り返しただろう。月日は流れて子供は少女であったと知る。
子供は子供で、男であろうと女であろうとどちらでも良かった。
ただ、出会った頃と違いやや丸みを取り戻した頬と
伸びた黒髪は少女らしくあったからそう気付いた。
その頃からどうやら自分は彼女に嫌われているらしいとも気付く。
明らかに表情を強張らせて自分を見上げる眼差し。
これほど長く生きてきてまだ一度しか口にしたことのない、甘い甘い蜜色の。

「琥珀という石を知っているかい?」

出先で何気なく聞いた話をすると、それに興味を示すようになる。
微妙な距離を保ちながらも、耳を傾ける少女。
物珍しさから来る驚きを何故か己の前では隠そうとして、それに失敗する様は実に面白い。

またここを出て行く頻度が増えた。今度は砂漠をふらつくのではなく、目的を持って街を目指してみる。
時に商隊に交ざれば、なかなかそれが面白いものであったことを知る。
様々な話を耳にする。どうでもいいと思っていたものを記憶の隅に留めておく。
新鮮だった。それだけで見えるものが違ってくる気がするのだから。

生まれた泉を失くしてからあてもなく彷徨い生きてきた。
それがここにきて、ようやっと視界に映るものが何であるのかを知ったような。

――あなたは、何も知ろうとはしないのか。

 会えばぐちぐちと文句を垂れていた生意気な子供がいた。
己の名を与えたもう一人の子供は、今まで私にこれを伝えたかったのだろうか。
そう捨てたものではない、人の世の有り様というものを。
そのずいぶん前に拾った生意気な子供は、気付けば大人になっていた。
大人になった子供は、時の流れに取り残された古きものを扱うことに長けていたから
ふと思いついて「古くない」最近拾った蜜色の瞳の子供を預けてみたのだ。

――あなたが押し付けたのだ、たまには見に帰ってきてください。

 そう言われて、思い出したように訪れていたその町へ、やがて帰るという言葉を知る。
生意気な子供のいつまでも変わらぬ悪態と、拙い感情を映すようになった蜜色の瞳を見るために。

 商隊に交ざるようになれば町へ「帰る」頻度が減る。
2年振りに町に帰った。蜜色の瞳の子供を預けてからこんなに長く空けたことはない。
その時共に旅した商隊は居心地良く、途中で抜けるのも面倒なので初めて解散まで付き合ったのだ。
なるべく間を空けずに町へ帰るようにしていたのだと
今なら無意識にしていたことの意味に気付いている。
人の生は短いからだ。
 町の入口から直接見慣れた石造りの家へ向かえば、何やら様子が違っていることに気付いた。
やけに綺麗に片付けれられた室内だった。人の生活臭というものが感じられないほどに。
通りがかりの人間が己を目にして驚いたように言った。

――あんたは生きていたのかい

 生意気な子供が世話になっていたという店に向かう。
過去に取り残された、古きものが集う店だった。
店の老いた主人は、言葉もなく私に引き合わせた。
再び感情の色を失った、蜜色の瞳の子供に。
出会った頃と同じように少女もまた、
古きものに混じってただ一人、取り残されていた。

--------------------------------------------

生意気な子供が少女を置いて消息を絶ち、半年が経過していた。

人間にとって、ましてまだ幼い子供にとってそれは決して短くは無い時間なのだという。私には分からない時間だ。分かっていたことだが人の生はなんと脆く、そして儚いことか。
生意気な子供がもう戻ることがないことを誰もが知っていた。
けれど少女はひとり待ち続けていた。あの家で。ただ一人で。
それは私が砂漠の涸れた集落で彼女と出会った頃の再現かと思えるほどに。
ただ今回は、見かねた店の老主人が一月前に、ようやく少女を家に招くことに成功する。それでも少女は与えられた仕事の後、毎夜元の我が家に向かい部屋を整える。
いつでも帰ってこられるようにと、言葉もなく。

蜜色の瞳は今にも溶け出してしまいそうだ。
何も映さぬその様は、かつての己を思い起こさせる。
私はお前のおかげでこの目に映す色を知ったのに。
ならば、私もお前に映させてみせようか。
ここから連れ出して。

「じゃあ、一緒に行くかい?」

 かつてと同じように誘ってみた。
あの時、子供は何も言わずについてきた。
あの時は、涸れかけた私に残り僅かな水を与えてくれた礼だった。
そしてただひとりあの集落に取り残すには、私にはその瞳が甘く鮮やかに映ったのだ。

今、少女は何も言わずに目蓋を閉ざす。零れそうな蜜色は閉ざされる。
それが是の意だと知る。

そうして二人、町を出た。あてなく彷徨う日々は約半年続くことになる。
砂漠を辿り、街を巡るたびに、少女は少しずつ、本当に少しずつ光を取り戻す。
その様を間近で目にするのは、なかなかに面白いと気付く。
生意気な子供はこれまでずっとこの様を見続けていたのか。
そしてあの生意気な子供もまた、どんな色を見せて生きていたのだろうか。
拾ってから過ごした日々は私にとって決して長いものではなかったが
短い人の世に身を置き始めて、初めてまともに接した子供だった気がする。
生意気な子供が、生意気でない様もあったのだろうか。
それならもっと、三人で過ごせば良かったのかと思いもする。
そう思うことが不思議でならない。でも、そう思うことは嫌ではないのだ。
もう二度と得られることの無い日々だからこそ。

私の前で感情を隠そうとして失敗する少女の様を
私はもう一度目にしたいと思う。

そこに至るまでは、まだ足りない。
どうすればそういう様を少女に取り戻すことができるのか私には分からない。
だから、もう待つ必要が無いことに少女自身が気付き
そうして自らの足で歩き出したとき
今度は私がその後を追うだろう。
やがて少女が立ち止まり、これまで歩いてきた道を振り返ったとき
そしてそこに私が居ることを知ったときのその瞳がどんな色を映すのか。
いつどこでそれを目にしたのだったか
甘い甘い蜜色の、その瞳が映す鮮やかな光を何より見たいと思う。

太陽に焦がされ、涸れる日を待つよりも先に

私は、その眼差しを待っている。




※0122 昼:加筆修正

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